サクラサケ
我が家は、桜ではなく杏の花が咲きました。
次女が誕生した記念に植えたもので、毎年きれいな花を咲かせてくれます。
本当に癒されますが、毎年咲くのは決まってこの時期。
2年前のあの日のことがこの花を見ると蘇ってきます。
もう2年、まだ2年?
剪定の方法を間違えたのか、1本だけまっすぐ上へ伸びる枝。
この枝どうしても切れない。
陸前高田の奇跡の一本松のように思えて…。
でもバランス悪いよな。
先日、震災の特集で、「もうこんなんならボランティアは来なくてもいい。」と。
ボランティアに来て、復興が進まない被災地をバックに仲間同士で写真撮影でピース。
自分のためにボランティアに来ているのか?と涙ながらにおっしゃっていた。
僕には何ができるのだろうか?
小さな蕾を大きな花に咲かせたい。
子どもを守る。
先日ある方との会話で。
大人が関われば関わるほど、どんどん子どもをダメにしている。
子どもは勝手に立ち上がり、流暢な日本語を話すようになる。
性格の悪い赤ん坊がいますか?って。
悪くしているのは、大人だと。
耳が痛い。
まだまだ長い復興への道。
こうしてきれいに咲いた杏の花を眺めていると、毎日の生活がありがたい。
これから、日本各地で勇気と笑顔をもたらすサクラが咲き誇ります。
毎年、決まった時期に、期待通りに咲いてくれるサクラ。
そして、人々が笑顔になるサクラ。
しかし、日本各地のソメイヨシノは、その多くが寿命にきている。
そのことは、意外と知らない方が多いのも現実。
当たり前のことが当たり前でないことが分かるのは、いなくなった時。
杏が咲くときだけでなく、常にこうしたことを忘れてはいけませんね。