恩師との別れ
1週間前の朝、1本の電話。
「K先生が亡くなった…」
静岡高校ラグビー部で大変お世話になった監督先生がご逝去されたという悲しい知らせでした。
中学まで野球をやっていた僕にとって、入部した当時はラグビーがここまで関わるスポーツになるとは夢にも思いませんでした。
高校入学時に考え抜いた挙句、名門野球部の門を叩きましたが、様々な理由で入部が叶わず、そこでとりあえず何かスポーツがしたいということで入ったのがラグビー部。
そこで出会ったK先生。
物静かで、一見怖そうな雰囲気でしたが、とても温かくユーモラスな先生だったなあ。
花園を目指す県大会の予選。
春のインターハイが終わると受験モードになり3年生は引退するため、秋の県予選は3年生相手に2年生の自分達だけで勝ちあがった準決勝。
その1週間前の特別メニューは今でも忘れません。
内容は僕達部員の心だけにしまっておきますが。
毎年1回は同期で会って親睦を深めますが、そのときは必ずといっていいほどK先生の話題がでたものだ。
その表れであろう。
連絡があったのは朝。
そして、その日の夜のお通夜。
山形の病院からOキャプテンが駆けつける。
東京のTは、弁護士業務で超多忙の身でありながら、夕方には静岡に。
大宮のSも、この日は救急外来の当直だったはずなのに、夜駆けつけてくれた。
名古屋のYも、車で。
他にも同期のみんなが集合。
来れないメンバーもメールでお悔やみの言葉が次々と…。
やっぱり同期の仲間は僕にとっては財産です。
もちろん、先輩も後輩も。
今回の恩師の訃報に際しても、みんなの思いは同じような気がしました。
しかし、安らかに眠っているK先生、痩せちゃったなあ。
最後にみんなと一緒に呑みたかった。
やっぱり親孝行も元気なうちにいておかないと!
K先生に最後の別れをしたあと、同期のみんなで先生を偲びつつ最終の新幹線までのわずかな時間。
卒業して20年以上経った今も、当時に戻れる楽しい仲間。
来年1月4日の再会を誓って街のど真ん中で円陣!
そして、僕の右手はこんな状態。
もちろん、ケガはつきもののラガーマンにとって、たかだかつき指でこの大袈裟な施しですから、ネタ的にはターゲットに!
骨折はなく、接骨院の薦めで2ヵ所でレントゲンを撮るもやっぱり打撲。
もう1週間以上経ちますが、なかなか腫れが引きません。
ちなみに、ケガをしたのは、ラグビーでのタックルではなく、地域の父親ソフトボール大会でのこと。
言い訳になりますから、状況説明は割愛で。
K先生がこの手を見たら何と言うだろう。
おそらく、
「… … …」
微妙な表情できっと無言だろうな。
K先生、安らかにお眠りください。
これからも、タックル、タックル、タックルで頑張ります!